「これ、あったら便利じゃない?」というアイデアが浮かんだとき、多くの人はすぐに「どう作るか」を考え始めます。しかし、その前に立ち止まって確認しておきたいことが一つあります。それは「誰の、どんな悩みを解決するのか」という、アイデアの主語です。この主語が曖昧なまま進めてしまうと、せっかく時間をかけて作ったサービスやツールが「誰にも刺さらない」という結果に終わってしまうことが少なくありません。この記事では、思いついたアイデアの主語をどうやって決めるか、そして主語を決めるとその後の判断がどれだけ楽になるかを、具体例を交えて解説します。
この記事で分かること
- アイデアの「主語(誰の悩みか)」と「述語(どんな悩みか)」を分けて考えると、サービスの輪郭がはっきりする
- 主語が「みんな」「多くの人」のように広すぎると、機能も訴求もぼやけてしまう
- 主語と悩みは、一文で言えるレベルまで具体化してから次のステップ(検証や設計)に進むことをおすすめします
なぜ「主語」を先に決める必要があるのか
副業や複業でサービスを立ち上げようとするとき、最初に頭に浮かぶのは「こんな機能があったら便利」というアイデアそのものです。たとえば「予約管理をラクにするアプリ」「経費精算を自動化するツール」といった発想が出てきたとき、多くの人はその機能の実装方法や技術選定に一気に意識が向かいます。
しかし、機能はあくまで「悩みを解決するための手段」に過ぎません。手段の前に、次の二つを明確にしておく必要があります。
- 誰がその悩みを抱えているのか(主語)
- どんな悩みを抱えているのか(述語・課題)
この二つがセットで初めて「誰の、どんな悩みを解決するのか」という一文が成立します。そしてこの一文が定まっていないと、以降のすべての判断が空回りします。機能を決めるときも「その機能は誰のために必要なのか」を問われれば答えられませんし、価格を決めるときも「その悩みにいくら払う人なのか」が分からなければ相場観すら立てられません。
前の記事(「あったらいいのに」を、人に説明できる一文にする方法)では、アイデア全体を一文で言い切る練習をしました。今回はその一文の中でも特に重要な「主語」の部分に焦点を当て、より深く掘っていきます。
副業として何かを立ち上げようとする会社員の方、専門知識を活かして独立を考えている士業・医療職の方、店舗の業務を自分でデジタル化したいと考えている経営者の方、そしてまずは小さく試してみたいと考えている方。どの立場から出発しても、最初に通る関門は同じです。それは「このアイデアは、結局誰のためのものなのか」という問いに、迷わず答えられるようにすることです。この記事を読み終えたときには、自分のアイデアの主語を紙に書き出せる状態になっていることを目指します。
「主語が広すぎる」は最もよくある失敗パターン
アイデアを言語化する際、最も陥りやすい失敗が「主語を広く取りすぎる」ことです。具体的には、次のような言い方をしていないか、一度自分のアイデアを見直してみてください。
- 「忙しい人のためのタスク管理アプリ」
- 「みんなが使いやすい家計簿アプリ」
- 「働く人向けの学習サービス」
これらはどれも、聞いた瞬間は「なるほど、良さそう」と思えます。しかし、よく考えると「忙しい人」「みんな」「働く人」という主語は、日本に住むほぼ全員を指してしまっています。主語が広すぎると、次のような問題が連鎖的に発生します。
機能がぼやける
「忙しい人」全員に向けたタスク管理アプリを作ろうとすると、営業職の人にも、フリーランスのデザイナーにも、育児中の主婦にも刺さる機能を入れようとしてしまいます。結果として、どの職種にとっても「ちょっと惜しい」「痒いところに手が届かない」ツールになりがちです。
訴求の言葉が刺さらない
広告やSNSで宣伝するときも、「忙しい人へ」という言葉では誰も自分のことだと思いません。人は「自分ごと」だと感じたときにだけ足を止めます。逆に「毎朝、保育園の送迎前にバタバタしている子育て中のフリーランスの方へ」と言われたら、該当する人はハッと反応します。主語が具体的であるほど、その主語に該当する人には強く刺さり、該当しない人はスルーしてくれる。これは悪いことではなく、むしろ効率のいい状態です。
検証のしようがない
主語が広いままだと、「この悩みは本当に存在するのか」を検証するためにインタビューをしようとしても、誰に声をかければいいのか決められません。主語が具体的であれば「この属性の人5人に話を聞こう」という行動に落とし込めます。
優先順位が付けられない
主語が広いと、「次にどの機能を作るべきか」「どの問い合わせに先に対応すべきか」といった日々の小さな意思決定でも迷いが生じます。たとえば「忙しい人向け」のタスク管理アプリを作っていて、営業職のユーザーから「外出先でも使いやすくしてほしい」という要望と、在宅ワーカーのユーザーから「集中モードを付けてほしい」という要望が同時に来たとき、どちらを優先すべきかを判断する軸がありません。主語が一つに定まっていれば、「その主語の悩みに直結する要望を優先する」という単純明快な基準で判断できます。
一人で運営する体力が続かない
副業・複業でサービスを運営する場合、開発リソースもサポートリソースも限られています。主語が広いと、対応すべき問い合わせのパターンも、想定すべき利用シーンも、際限なく広がっていきます。結果として、一つひとつの対応が浅くなり、どのユーザーからも「サポートが手薄い」という印象を持たれてしまいます。主語を絞ることは、限られた体力を最も効果が出るところに集中させるための、いわば防衛策でもあります。
主語を絞り込む3つのステップ
では、実際にどうやって主語を絞り込めばいいのでしょうか。ここでは3つのステップに分けて説明します。
ステップ1: 「誰」を属性で分解する
まず、思いついたアイデアの対象者を、次の軸で分解してみます。
- 職業・業種(例: 個人経営の美容室オーナー、訪問看護師、税理士事務所のパート事務)
- 生活のフェーズ(例: 育休から復帰したばかりの会社員、開業1年未満の個人事業主)
- 今使っている手段(例: 紙の予約台帳を使っている、Excelで手作業管理している)
- 困っている頻度(例: 毎日発生する悩みか、月末だけ発生する悩みか)
「忙しい人」というぼんやりした主語を、この4軸に沿って言い換えてみると、たとえば「開業3年目、スタッフ1人を雇っている個人経営の美容室オーナーで、予約管理を紙の台帳とLINEの往復で行っている人」というように、かなり具体的な像が見えてきます。
ステップ2: 「一人」を思い浮かべる
属性で分解したあと、さらに効果的なのが「実際にその属性に当てはまる、知っている一人」を思い浮かべることです。架空の「ペルソナ」を作るよりも、実在する誰か一人(自分自身でも構いません)を想像すると、悩みのディテールが一気に具体的になります。
たとえば「知り合いの美容室オーナーのAさんは、毎週月曜の朝にLINEで届いた予約希望を、紙の台帳に書き写す作業に15分かかっている。書き写し忘れて予約が重複したことが過去に2回あった」というように、実在の誰かを起点に考えると、悩みの輪郭が急にシャープになります。
この「一人」は、その後のインタビュー対象者の第一号にもなります。思い浮かべた人に実際に話を聞きに行けるなら、それに勝る検証方法はありません。
もし「一人」がすぐに思い浮かばない場合は、それ自体が重要なサインです。思い浮かばない理由は、大きく二つ考えられます。一つは「その悩みを持つ人と、普段あまり接点がない」というケースです。この場合、そもそもその主語の人たちの生活や仕事の実態を自分がよく知らない可能性が高く、想像で悩みを決めつけてしまう危険があります。もう一つは「悩み自体がまだ具体的になっていない」というケースです。この場合は、主語探しよりも先に、悩みの具体化からやり直したほうが早く前進できます。
「一人」の例をいくつか挙げてみる
分かりやすくするために、属性の分解から「一人」を思い浮かべるまでの流れを、いくつかの立場で具体的に見てみましょう。
会社員として複業を考えている方であれば、「前職で3年間、経理担当として月末の請求書処理に追われていた同僚のBさん。今は別の部署に異動したが、後任がまだその作業に苦労していると聞いた」というように、自分の過去の経験や周囲の人を起点に一人を特定できます。
店舗を経営している方であれば、「近所の飲食店を営むCさん。予約はホットペッパーと電話とInstagramのDMの3つの窓口があり、どこにどの予約が入っているか、毎朝スタッフ間で確認する作業に15分かかっている」というように、日頃から顔を合わせる同業者を思い浮かべると具体化しやすくなります。
まず小さく検証したい、という立場の方であれば、「一人」を厳密に特定する前に、SNSやコミュニティで「同じような悩みを書き込んでいる人」を数人見つけてくることから始めても構いません。重要なのは、架空の想像ではなく、実在する誰かの言葉や状況を手がかりにすることです。
ステップ3: 主語と悩みを一文でつなぐ
属性分解と「一人」のイメージができたら、最後に次の型に当てはめて一文を作ります。
「(具体的な主語)は、(具体的な状況)のとき、(具体的な悩み)に困っている」
先ほどの例で言えば「スタッフ1人を雇う個人経営の美容室オーナーは、LINEで予約希望が届くたびに、紙の台帳への書き写しと重複確認に時間を取られて困っている」となります。
この一文が言えるようになったら、主語決めは完了です。逆に、この型に当てはめようとしてもうまく言葉が出てこない場合は、まだ主語か悩みのどちらか(あるいは両方)が具体化できていない可能性があります。
「どんな悩みか」を深掘りする視点
主語が決まったら、次は「どんな悩みか」を深掘りします。悩みには大きく3つの種類があることを意識すると、整理がしやすくなります。
時間の悩み
「毎回同じ作業に時間がかかって面倒」というタイプの悩みです。予約管理の書き写し、請求書の手作業作成、日報の入力などが典型例です。時間の悩みは「自動化」や「効率化」という解決アプローチが分かりやすく、副業・複業で作るツールとして最も相性が良い領域です。
お金の悩み
「今の方法だとコストがかかりすぎている」というタイプの悩みです。外部ツールの利用料が高い、紙や印刷のコストがかさむ、外注費が積み上がっているなどが該当します。お金の悩みは解決策の価値を金額換算しやすいため、価格設定の根拠が作りやすいという利点があります。
不安・心理的な悩み
「ミスをしないか不安」「見落としがないか心配」というタイプの悩みです。予約の重複、請求漏れ、法令対応の見落としなどが典型です。心理的な悩みは数値化しにくいものの、解消されたときの満足度が高く、口コミや継続利用につながりやすい特徴があります。
自分のアイデアがどの種類の悩みに当てはまるかを意識すると、どんな機能が本質的に必要か、逆にどんな機能は不要かの判断がしやすくなります。3つとも当てはまると考えたくなるかもしれませんが、最初の一歩では「どれが一番強い悩みか」を1つに絞ることをおすすめします。
悩みの「深さ」も一緒に確認する
悩みの種類に加えて、その悩みがどれくらい深いものかも合わせて確認しておくと、後々の判断がさらに楽になります。悩みの深さを測る簡単な問いは、「その人は今、その悩みのためにすでに何かにお金や時間を使っているか」です。
たとえば、紙の台帳をやめて有料の予約管理ツールを試したことがある人であれば、悩みはそれなりに深いと言えます。一方で「あったら便利かもね」という程度で、特に何も対処していない人であれば、悩みはまだ浅く、多少不便でも生活に支障が出ていない可能性があります。深い悩みほど、お金を払ってでも解決したいというモチベーションが強く、サービスとして成立させやすい傾向があります。この視点は、後の工程で価格を検討する際にも重要な材料になりますので、主語と一緒に悩みの深さもメモしておくことをおすすめします。
よくある失敗パターンと回避策
主語決めの場面で、実際によく見かける失敗パターンを紹介します。自分のアイデアが同じ轍を踏んでいないか、チェックしてみてください。
失敗パターン1: 「自分」を主語にしてしまう
自分が便利だと思うから作る、というのは悪いことではありません。しかし「自分が便利だと思う」ことと「他の誰かも同じ悩みを持っている」ことは別問題です。自分を主語にしたまま進めると、「なぜこれが必要なのか」を人に説明するときに、つい「自分がこう思ったから」という説明にとどまってしまいます。自分の悩みから出発するのは構いませんが、必ず「自分以外にも同じ悩みを持つ人が一定数いるか」を確認するステップを挟むことをおすすめします。
失敗パターン2: 機能が先に決まっていて、主語を後付けする
「AIを使った文章生成ツールを作りたい」という技術起点のアイデアから始まる場合、主語を後付けで考えることになります。この順序自体は悪くありませんが、後付けで考えた主語は往々にして「使いそうな人、なんとなくいそう」という曖昧なレベルで止まってしまいます。技術起点で発想した場合でも、最終的には「その技術を使って、誰の、どんな悩みを解決するのか」という一文に落とし込む作業を省略しないようにしてください。
失敗パターン3: 複数の主語を同時に狙おうとする
「美容室オーナーにも、整体院にも、ネイルサロンにも使えるツールにしよう」というように、最初から複数の主語を同時にターゲットにしようとするケースです。将来的に対象を広げることは可能ですが、最初の一本目は主語を一つに絞ることを強くおすすめします。一つの主語で悩みが解決できることが確認できてから、隣接する主語に広げていく順序の方が、遠回りに見えて実は近道です。
失敗パターン4: 悩みではなく「あったら嬉しい機能」を主語の悩みとして書いてしまう
「通知が来たら嬉しい」「グラフで見られたら嬉しい」というのは機能のアイデアであって、悩みそのものではありません。悩みは「困っている状態」であり、機能はその困っている状態を解消するための手段です。この二つを混同すると、「悩みに対して機能が本当に効いているか」を後から検証できなくなります。
主語決めのチェックリスト
自分のアイデアの主語が固まったかどうか、次のチェックリストで確認してみてください。
- [ ] 主語を、日本の人口の何%くらいが当てはまるか、大まかに見積もれる(「多くの人」ではなく数字感がある)
- [ ] 主語に当てはまる「実在する一人」を、具体的に思い浮かべられる
- [ ] その一人に、今すぐ連絡を取って話を聞けるか、少なくとも連絡先の心当たりがある
- [ ] 「(主語)は、(状況)のとき、(悩み)に困っている」という一文が、詰まらずに言える
- [ ] その悩みが、時間・お金・不安のどれに当たるか、自分の言葉で説明できる
- [ ] 同じ主語・同じ悩みを持つ人が、自分の知り合い以外にも複数いると想像できる
6つのうち4つ以上にチェックが付けば、次のステップ(需要の検証や3行メモ化)に進む準備が整っていると考えて良いでしょう。構想期全体の進め方を俯瞰したい場合は、「あったらいいのに」を、形にできるアイデアに変える。構想期の進め方も参考になります。
会社員として複業に再挑戦する場合の主語の見つけ方
会社員として複業でサービスを立ち上げようとする場合、主語探しのヒントは「今の職場、または過去の職場で、自分が一番よく知っている業務」の中に隠れています。
会社員は日々、特定の業種・業務プロセスに深く関わっています。営業なら見積書や提案書の作成、人事なら勤怠や採用管理、製造なら在庫や発注管理といった具合に、その業務に関する悩みは、実は同業他社の担当者も同じように抱えている可能性が高いです。自分が「社内の当たり前」だと思っている業務フローの中にこそ、他社では困っている人がいる悩みが隠れていることがあります。
ここで注意したいのは、在職中に得た知識やノウハウを複業に転用する際、会社の機密情報や競業に該当する行為に触れないよう気をつける必要がある点です。一般的には、勤務先の就業規則や秘密保持契約の内容を確認し、業務で得た具体的な顧客情報やデータそのものを使うのではなく、「業務の型・悩みの構造」という一般化されたレベルの知見を種にすることをおすすめします。判断に迷う場合は、専門家(弁護士など)に確認することをおすすめします。
また、過去に一度挑戦して途中で諦めたアイデアがある方は、その時に想定していた主語を今の視点で見直してみることも有効です。数年前は「主語が広すぎて誰にも刺さらなかった」ことが失敗の一因だったのかもしれません。当時のメモや企画書が残っていれば、今回紹介したステップに沿って主語を再定義してみると、以前とは違う手触りで前に進められることがあります。
店舗経営者が自分の店の業務改善を考える場合
店舗を経営している方が「自分の店の業務を楽にするツール」を考える場合、主語決めのプロセスは少し特殊になります。というのも、最初の主語は「自分自身、または自分の店のスタッフ」になることが多いためです。
この場合、まず自分の店の中で「誰が」その悩みを一番強く感じているかを具体的に特定することが重要です。オーナー自身が困っているのか、現場のスタッフが困っているのか、あるいは来店するお客様側が不便を感じているのかによって、作るべきものの方向性が大きく変わります。たとえば予約管理の悩みであれば、オーナーは「二重予約や予約漏れによるクレーム対応」に困っているかもしれませんが、スタッフは「予約確認のためにいくつものツールを見比べる手間」に困っているかもしれません。同じ「予約管理」というテーマでも、主語(オーナーかスタッフか)によって、優先すべき機能はまったく異なります。
もう一つ重要なのは、自分の店で解決した悩みを、他の店舗にも展開できるかどうかという視点です。自分の店だけで使う分には主語は「自分の店」で十分ですが、それを他店にも展開したいと考えるのであれば、「自分と同じ業種・同じ規模の、他の店舗オーナー」という主語に一段階抽象化する必要があります。この「自店から他店への展開」というテーマは、ツールを育てていく段階で重要になるトピックですので、別の記事で詳しく扱っています。
Q&A: よくある疑問
Q. 主語を一人に絞ると、市場が小さすぎるのではないかと不安になります。
最初の主語を絞ることは、「最終的にそこだけを狙う」という意味ではありません。むしろ、一つの具体的な主語で悩みを解決できることが証明できれば、そこから隣接する似た属性の主語に広げていくことができます。逆に、最初から広い主語を狙うと、誰にも深く刺さらないまま終わってしまうリスクの方が高いというのが実情です。まずは一人の悩みを確実に解決することを目指すことをおすすめします。
Q. 主語となる「誰か」に、実際に会って話を聞く前に進めてしまってもいいですか。
進めることは可能ですが、リスクは高くなります。頭の中で想像した悩みと、実際にその人が抱えている悩みには、想像以上にズレがあることが多いためです。可能であれば、次のステップに進む前に、思い浮かべた「一人」、あるいはそれに近い属性の人に短時間でも話を聞く時間を作ることをおすすめします。ユーザーインタビューの具体的な始め方は、別の記事で詳しく解説しています。
Q. 悩みが複数思いついてしまい、どれを優先すべきか決められません。
複数の悩みが見つかること自体は良い兆候です。その中から「頻度が高い」「本人が既に何らかの対処行動を取っている(お金を払っている、時間をかけて自作の対処をしているなど)」悩みを優先することをおすすめします。何も対処していない悩みは、実は本人にとってさほど深刻でない可能性があります。逆に、多少不便でも自分なりの回避策を編み出している悩みは、それだけ本人にとって切実である証拠です。
Q. 主語を決めたあと、途中で「実は違う主語の方が悩みが深そうだ」と気づいたら、どうすればいいですか。
途中で主語を見直すこと自体は、決して失敗ではありません。むしろ、検証を進める中で「思っていた主語よりも、隣接する別の主語の方が悩みが深そうだ」と気づくのは、よくあることです。このような主語の乗り換えは、後の工程で「方向転換」として扱われるテーマでもあります。重要なのは、乗り換えるかどうかを感覚だけで決めず、なぜ元の主語では悩みが浅いと判断したのか、なぜ新しい主語の方が深いと考えたのかを、自分の中で言葉にして記録しておくことです。この記録は、後で見返したときに「なぜあのとき方向を変えたのか」を思い出す助けになります。
Q. 主語と悩みを決めても、実際に作り始めると想定外の使われ方をされることがあると聞きます。決めた主語に縛られすぎなくてもいいのでしょうか。
その通りです。主語と悩みを決める作業は、思考の出発点を明確にするためのものであり、一度決めたら未来永劫変更してはいけないという「制約」ではありません。実際にサービスを世に出してみると、想定していなかった属性の人が使ってくれたり、想定していなかった使い方が生まれたりすることは頻繁にあります。最初の主語決めの目的は、「今、目の前の意思決定を迷わずに進められる状態を作ること」です。進めていく中で得られた新しい発見は、その都度取り込んで主語や悩みの理解を更新していけば十分です。最初から100%正確な主語を当てにいく必要はありません。
専門知識を活かしたツールの場合
士業や医療職など、専門知識をお持ちの方が自分の専門性を種にサービスを考える場合、主語決めには少し特有の視点が必要です。
専門職の方がサービスを構想するとき、多くの場合「自分と同じ専門職の同業者」を主語にするか、「自分がこれまで対応してきたクライアント・患者」を主語にするか、という二択に近い分岐が発生します。たとえば税理士の方であれば「他の税理士事務所(同業者向けの業務効率化ツール)」と「自分の顧問先である中小企業の経営者(クライアント向けのサービス)」という、まったく異なる二つの主語の可能性があります。
この二択を意識しないまま進めると、「同業者にも売れそうだし、クライアントにも刺さりそう」という曖昧な状態のまま設計を始めてしまい、機能も訴求も中途半端になりがちです。専門知識を種にする場合は、最初に「同業者向けか、顧客向けか」を明確に決めることを特に強くおすすめします。
また、専門職の方は「自分が日常的にクライアントに提供している、一対一のアドバイスや診断」そのものが、悩みの言語化のヒントになります。日々のクライアント対応の中で「これ、毎回同じことを説明しているな」と感じる場面があれば、そこにいる相手(クライアント)が主語であり、その「毎回同じ説明が必要な状況」こそが悩みの正体である可能性が高いです。専門知識を種にしたアイデアの見つけ方については、別の記事でさらに詳しく扱っています。
一点補足すると、専門職の方が士業・医療系の資格に基づいてサービスを提供する場合、提供する情報やアドバイスの内容によっては、業法上の規制(有資格者以外が行ってはならない業務の範囲など)に触れる可能性があります。ここでは主語決めの範囲を超えるため詳しくは扱いませんが、サービスの形が具体化してきた段階で、一般的には専門家(弁護士など)に確認することをおすすめします。関連する制度面の話は別カテゴリの記事で扱っていますので、そちらも参考にしてください。
まとめ: 主語が決まれば、次の一歩が見える
アイデアの主語を決めるという作業は、地味で時間がかかるように見えて、実は今後のすべての工程のスピードを上げてくれる投資です。主語と悩みが「誰の、どんな悩みを解決するのか」という一文で言い切れるようになれば、
- 誰にインタビューすべきかが分かる
- どんな機能が本当に必要かの判断基準ができる
- 広告や紹介文で、どんな言葉を使えば刺さるかが分かる
- 価格を考えるときの相場感が持てる
というように、以降のあらゆる判断がスムーズになります。逆に、主語が曖昧なまま作り始めてしまうと、機能を作り終えたあとに「これ、誰が使うんだっけ」と振り返って迷子になるケースが非常に多く見られます。まずは今日、自分のアイデアについて「(主語)は、(状況)のとき、(悩み)に困っている」の一文を、実際に紙やメモに書き出してみることをおすすめします。書き出してみると、思っていたよりも主語や悩みが曖昧だったことに気づくかもしれません。それに気づけたこと自体が、大きな一歩です。
主語と悩みが一文で言い切れたら、いよいよ開発会社への相談を検討する人も出てくるでしょう。その際に精度を左右するのが、要件定義の入り口となるヒアリングです。要件定義のヒアリングの考え方を先に押さえておくと、今回整理した主語と悩みの一文をそのまま伝えるだけで、要件定義がスムーズに進みます。




