「なんとなく」は、AIには伝わらない
士業や医療職など、専門知識をそのままツールにしようとする専門職スピンオフ型の方から、よく聞く壁があります。それは「AIに業務ロジックをうまく伝えられない」というものです。
これは技術的なつまずきというより、順番の問題であることがほとんどです。プログラミング未経験の方がAIと一緒に試作を作る最初の一歩を踏み出すとき、多くの人はいきなりチャット画面に向かって「こういうツールを作りたい」と話しかけます。ところが専門職の場合、頭の中にある業務ロジックは、長年の経験で無意識化されています。「このケースは例外的にこう判定する」「この条件が重なったときだけこの計算式を使う」といった暗黙のルールは、本人にとっては当たり前すぎて、言語化しないと存在しないのと同じになってしまいます。AIは、あなたの頭の中を読み取ってはくれません。伝えた分だけしか、動きません。
この記事では、業務ロジックをAIコーディングに渡す「前」に、机の上で済ませておくべき下準備を整理します。
下準備1: ロジックを箇条書きで言語化する
まず最初にやるべきは、コーディングツールを開くことではありません。紙かテキストエディタに、自分の業務判断を箇条書きで書き出すことです。
具体的には、次の3つの要素を分けて書き出します。
- 入力: 何の情報をもとに判断しているか(例: 相談者の年齢、症状の持続期間、過去の類似ケースの有無)
- 条件分岐: どの条件がそろったときに、どちらの結論になるか(例: Aの場合はX、Bの場合はY、AとBが両方成立する場合は例外的にZ)
- 例外: 原則とは違う扱いをする特殊ケース(いわゆる「基本はこうだが、こういうときは違う」というやつです)
この作業は、開発会社に発注する場合であっても、自分でAIコーディングに挑む場合であっても、避けて通れません。専門分野の業務知識を開発会社に正確に伝える工夫と本質的には同じ作業で、渡す相手が人間かAIかが違うだけです。むしろAIに渡す場合のほうが、途中の行間を埋めてくれる余地が少ない分、言語化の精度がそのまま試作の精度に直結します。
箇条書きにする際のコツは、「なぜその条件なのか」まで一行添えることです。理由を書いておくと、後でAIが出してきたコードが理屈に合っているかを、あなた自身が判定しやすくなります。
下準備2: 具体例を3〜5パターン用意する
ロジックを箇条書きにしたら、次は具体例です。抽象的なルールの説明だけでAIに渡すと、AIは条件の境界線をうまく解釈できないことがあります。そこで役立つのが、実際の入力と、それに対する「正解の出力」をセットにした具体例です。
用意する具体例は、次の3種類を意識すると漏れが少なくなります。
| 種類 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 典型ケース | 一番よくあるパターン | 基本ロジックが正しく動くかの確認 |
| 境界ケース | 条件がギリギリ分かれる手前・直後の値 | 条件分岐の境目のミスを防ぐ |
| 例外ケース | 原則と違う扱いになる特殊な状況 | 例外処理の漏れを防ぐ |
数はそれぞれ1〜2個ずつ、合計3〜5パターンあれば十分です。多すぎると準備そのものが負担になり、本末転倒になります。
この具体例は、AIに渡すプロンプトの材料になるだけでなく、試作ができあがった後の検証用データとしてもそのまま使えます。「この入力を入れたら、この結果が返ってくるはずだ」という答え合わせの基準を、実装前に自分の手元に持っておくということです。
伝える際の工夫
材料がそろったら、いよいよAIに伝える段階です。ここでの工夫は、専門用語をそのまま投げないことに尽きます。
業界内では当たり前の略語や専門用語も、AIにとっては文脈次第で意味がぶれる言葉です。まず一言で定義してから使う、あるいは一般的な言い方に置き換えてから条件を説明すると、意図通りのコードが返ってきやすくなります。専門用語が多い業界であれば、簡単な用語集を先に作ってAIとの最初のやり取りで渡しておくのも有効です。
また、ロジックと具体例は一度に全部投げ込むのではなく、「まずこの1つの判定ロジックだけを実装してほしい」と区切って渡すほうが、AIとの対話を繰り返して試作を改善していく基本的な進め方に沿います。一気に全体像を渡すと、AIも人間と同じように取りこぼしが増えます。
そして具体例を使って、AIが書いたコードが自分の想定通りに動くかを一つずつ照合します。ここで狂いがあれば、ロジックの説明が曖昧だった箇所ということです。修正は「コードを直して」ではなく、「この具体例ではこう判定してほしい」と伝え直すほうが、遠回りに見えて確実です。
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ここまでは、AIに渡す前の準備という「入口」の話です。実際にプロンプトを書く型や、AIとのやり取りを重ねて試作を仕上げていく具体的な手順については、アプリを作るためのプロンプトの書き方、最初に知っておきたい型やAIとの対話を繰り返して試作を改善していく、基本的な進め方で詳しく扱っています。
また、この記事で紹介した言語化の作業は、AIコーディングだけでなく開発会社への発注にもそのまま使えます。発注を検討している場合は、専門分野の業務知識を、開発会社に正確に伝える工夫もあわせて読んでおくと、材料を二度作らずに済みます。
準備の質が、この先の試作の質を決めます。急がば回れで、まずは箇条書きから始めてみてください。

