自分の店舗のために作ったツールを、他店にも使ってもらえるようにしたいと考えたとき、「マルチテナント化」という言葉を耳にすることがあります。技術的な用語に聞こえて身構えてしまいますが、その考え方自体は、非エンジニアでも理解できるものです。この記事では、複数店舗で使えるツールにする、マルチテナント化の基本を解説します。
この記事で分かること
マルチテナント化とは、1つのシステムを、複数の異なる利用者(店舗)が、それぞれ独立して使えるようにする仕組みのことです。この記事では、この仕組みの基本的な考え方と、非エンジニアが理解しておくべきポイントを紹介します。
結論を先に示すと、押さえておきたいポイントは次の3つです。
- 「テナント」とは、それぞれ独立した利用者(店舗)の単位を指す
- データを、テナントごとに明確に区切ることが最も重要
- マルチテナント化には、大きく2つの実現方法がある
「テナント」とは何か
「テナント」という言葉は、もともと、ビルの中にある、それぞれ独立した店舗やオフィスを指す言葉です。システムの世界でも、この言葉が転用されて使われています。マルチテナント化における「テナント」とは、それぞれ独立して、同じシステムを使う利用者(この場合は、それぞれの店舗)の単位を指します。
1つの建物(システム)の中に、複数の独立したテナント(店舗)が入っていて、それぞれのテナントは、自分の区画(データ)だけを見ることができ、他のテナントの区画は見えない、というイメージで理解すると、分かりやすくなります。
具体的に考えてみましょう。あなたが自分の美容室のために、予約管理ツールを作ったとします。最初は自分の店舗だけが使うので、「顧客データ」「予約データ」「スタッフデータ」がそれぞれ1セットあれば十分です。ところが、そのツールを気に入った知人の店主が「うちでも使わせてほしい」と言い出したとき、単純にもう1セット同じデータを追加しただけでは、うまくいきません。なぜなら、もともとのツールの内部には「これはどの店舗のデータか」という区別の仕組みが、そもそも存在していないからです。テナントという考え方は、この「区別の仕組み」を後から組み込むために必要になります。
データを、テナントごとに明確に区切ることが最も重要
マルチテナント化において、最も重要なのは、それぞれのテナント(店舗)のデータが、システムの内部で、明確に区切られていることです。この区切りが不十分だと、ある店舗のスタッフが、別の店舗の顧客情報を、誤って見てしまう、あるいは操作してしまう、という重大な問題が発生する可能性があります。
この区切りを実現するために、システムの内部では、すべてのデータに「これはどの店舗のデータか」という印(識別情報)を持たせ、その印に基づいて、表示するデータを、常に絞り込むという仕組みが使われます。この仕組みの設計と実装は、専門的な技術知識が必要な領域であり、非エンジニアが自分だけで、安全に実装することは、難易度が高い作業です。
もう少し具体的に言うと、顧客データ、予約データ、売上データ、スタッフデータなど、システムが持つすべての種類のデータに対して、「店舗ID」のような識別情報を1つずつ追加し、データを取得するすべての処理(一覧表示、検索、集計、編集、削除など)で、必ずこの店舗IDによる絞り込みを行う、というルールを徹底する必要があります。機能を1つ追加するたびに、この絞り込みを忘れずに実装できているかを確認する作業が発生するため、機能が増えるほど、確認すべき箇所も増えていきます。ここで一箇所でも絞り込みが漏れると、その箇所だけがデータ漏えいの入り口になってしまう、という点が、マルチテナント化の実装における難しさです。
なお、こうしたデータ分離を含めた基盤そのものの設計は、システムをどのような土台の上に構築するかという、より根本的な判断とも深く関わってくる。データ分離を含む基盤設計の考え方は、Firebaseや個別のSaaSからSupabaseへ移行する場面を題材にしながら整理されている。
マルチテナント化の、大きく2つの実現方法
方法1:1つのシステムの中で、データを分ける方式
1つのシステム(1つのデータベース)の中に、すべてのテナントのデータを保存し、システム内部の仕組みで、テナントごとにデータを区別する方式です。多くのSaaSサービスで採用されている、一般的な方式です。この方式は、システムの管理や更新が一元化できるため、運用がしやすいという利点があります。
たとえば、新しい機能を追加したいとき、この方式であれば、システムを1回更新するだけで、すべてのテナント(店舗)に、その新機能が反映されます。サーバーの台数も1セット(あるいは少数)で済むため、店舗数が増えても、インフラのコストが、店舗数に比例して増えていきにくいという特徴もあります。個人・複業でSaaS的な展開を考えている場合、運用の手間とコストを抑えられるこの方式が、選ばれることが多くなります。
一方で、この方式の弱点は、まさに前章で説明した「データの絞り込みの徹底」に集約されます。1つのシステムの中に、複数のテナントのデータが混在しているということは、絞り込みの実装を1箇所でも誤ると、テナント間のデータ漏えいという、深刻な事故につながるリスクを常に抱えている、ということでもあります。
方法2:テナントごとに、システムそのものを分ける方式
テナント(店舗)ごとに、システムそのものを、完全に別々に用意する方式です。この方式は、データの分離が、システムそのものが別であるため、より確実である一方、テナントの数が増えるほど、システムの管理や更新の手間が増えていくという欠点があります。
たとえば、新機能を追加する場合、テナントの数だけ、同じ更新作業を繰り返す必要があります。10店舗に展開していれば、10回分の更新作業とその確認が必要になり、更新のたびに、作業漏れや設定ミスが起こるリスクも、テナント数に応じて増えていきます。サーバーのコストも、テナントごとに個別にかかる場合が多く、店舗数が増えるほど、インフラのコストも比例して増えていく傾向があります。
ただし、この方式には、方法1にはない利点もあります。あるテナントのデータや設定に何らかの障害が発生しても、その影響が、他のテナントに及びにくいという点です。また、テナントごとに、多少異なるカスタマイズ(表示項目を変える、機能の一部を有効・無効にするなど)を行いたい場合、システムそのものが分かれていれば、比較的柔軟に対応できることもあります。医療・金融など、極めて厳格なデータ分離が求められる業界で、この方式が選ばれることがあるのは、こうした背景があります。
一般的には、多くの店舗に展開することを想定する場合、方法1(1つのシステムの中でデータを分ける方式)が採用されることが多くありますが、どちらの方式が適しているかは、想定する規模や、セキュリティ要件によって異なります。展開を考えている店舗数が数店舗程度なのか、将来的に数十店舗・数百店舗規模を見据えているのかによっても、適した方式は変わってくるため、開発会社に相談する際は、この規模感もあわせて伝えておくとよいでしょう。
実際にマルチテナント化を選んだ後、PoCの段階から本番運用に耐える形へどう仕上げていくかは、また別の関門になる。本番運用を見据えた設計の関門では、Vercel上のPoCを本番化していく際に直面しやすい課題が具体的に整理されている。
非エンジニアが、この段階でノーコードツールだけで対応できるか
マルチテナント化は、多くの場合、ノーコードツールの標準的な機能だけでは、完全には対応しきれない、専門的な実装が必要になる領域です。ノーコードツールの中には、一定のマルチテナント機能を提供しているものもありますが、その機能で、自分が求めるレベルのデータの独立性が確保できるかを、慎重に確認する必要があります。
具体的には、次のような点を、ノーコードツールの提供元に確認してみるとよいでしょう。
- テナントごとのデータ分離が、標準機能として組み込まれているか、それとも自分で設計・設定する必要があるか
- テナントの数が増えた場合、料金やパフォーマンスに、どのような影響があるか
- テナントごとに異なる権限設定(このスタッフはこの店舗のデータだけ見られる、など)が、どこまで細かく設定できるか
- テナント間のデータ分離について、第三者による検証(セキュリティ診断など)を受けているか
社内ツールをSaaS化するときに、作り直すべき部分の見極め方については、別記事で詳しく解説していますが、マルチテナント化は、その中でも、特に専門家の関与が必要になりやすい部分です。ノーコードツールで最初のプロトタイプを作り、実際に他店に使ってもらえそうな感触を得たあと、マルチテナント化の部分だけを専門家に依頼する、という段階的な進め方も、現実的な選択肢の1つです。他店舗展開を見据えた契約面の注意点は、店舗DX型、他店舗展開を見据えた契約を結ぶときの注意点でも整理しています。
マルチテナント化を、開発会社に依頼する際の伝え方
マルチテナント化を開発会社に依頼する際は、「複数の店舗が、それぞれ独立してデータを管理できるようにしたい。他の店舗のデータが、絶対に見えないようにしてほしい」ということを、明確に伝えることをおすすめします。この要件が明確に伝わることで、開発会社側も、適切な設計・実装を検討しやすくなります。
このとき、あわせて次の情報も伝えておくと、より精度の高い見積もりや提案を受けやすくなります。
- 現時点で想定している店舗数、および将来的に想定している最大の店舗数
- 店舗ごとに、まったく同じ機能を使うのか、一部の機能や表示を店舗ごとに変えたいのか
- 店舗のスタッフに、どこまでの権限(閲覧のみ、編集可、他店の情報は一切見せないなど)を与えたいか
- 各店舗の管理者が、自分の店舗の設定を自由に変更できるようにしたいか、それとも運営側(あなた)が一括管理したいか
これらの情報が具体的であるほど、開発会社は「方法1」と「方法2」のどちらが適しているか、また、どの程度の開発規模になるかを、より正確に判断できます。逆に、「複数店舗で使えるようにしてほしい」という要望だけを伝えると、開発会社によって想定する設計や見積もりの前提が大きく異なり、後から「思っていたものと違う」というギャップが生まれやすくなります。
マルチテナント化を怠った場合、実際に起こりうる問題
マルチテナント化の重要性を、実感を持って理解するために、実際にどのような問題が起こりうるかを、具体的に見てみます。
問題例1:URLを少し変えるだけで、他店のデータが見えてしまう
システムの内部で、データの識別が甘い場合、URLの一部(例えば、店舗を識別する番号の部分)を、利用者が手動で変更するだけで、本来アクセスできないはずの、他店のデータが表示されてしまうことがあります。この種の問題は、開発者が意図的に対策を組み込んでいない限り、発生しやすい典型的な脆弱性です。
たとえば、予約詳細ページのURLが「/reservations/12」のような形式になっていて、その「12」という番号を「13」に変えるだけで、別の店舗の予約情報が表示されてしまう、というケースが典型例です。この種の問題は、セキュリティの専門用語では「アクセス制御の不備」と呼ばれ、Webシステムの脆弱性の中でも、比較的よく見られるものの1つです。悪意のある利用者でなくても、単純な好奇心や操作ミスから、こうした問題に偶然気づいてしまうこともあり、発覚した場合の信用への影響は小さくありません。
問題例2:一覧表示に、他店のデータが混ざって表示される
データを一覧表示する機能で、「今ログインしている店舗のデータだけを表示する」という絞り込みの処理が漏れていると、すべての店舗のデータが、混ざって一覧に表示されてしまうことがあります。この問題は、機能をざっと確認しただけでは気づきにくく、実際に複数の店舗のデータを登録して、テストしてみないと、発覚しないことがあります。
特に注意したいのは、新機能を追加したときです。最初に作った「顧客一覧」機能では、正しく店舗ごとの絞り込みができていても、後から追加した「売上ランキング」や「予約集計」といった新しい一覧・集計機能で、絞り込みの実装が漏れてしまう、というケースがよくあります。機能が増えるたびに、こうした確認漏れのリスクが積み重なっていくため、開発会社に依頼する際は、新機能の追加時にも、テナント分離のテストを継続的に行ってもらえるかを、確認しておくとよいでしょう。
問題例3:設定変更が、他店にも影響してしまう
ある店舗が、自分の店舗の設定(営業時間や、表示する商品カテゴリなど)を変更したところ、その変更が、なぜか他の店舗の画面にも反映されてしまう、という問題も起こりえます。これは、設定情報が、店舗ごとに独立して保存されておらず、共通の設定として、誤って扱われていることが原因です。
この問題は、データそのものの漏えいではないため、問題例1や2に比べて見落とされがちですが、実際の店舗運営においては、深刻な混乱を招くことがあります。例えば、A店が定休日を「水曜日」に設定したところ、B店の定休日表示まで「水曜日」に変わってしまい、B店のスタッフや顧客が混乱する、といった具合です。こうした設定項目は、機能追加の際に後から付け加えられることが多く、最初の設計時点でテナント分離の対象として想定されていないと、見落とされやすい典型パターンです。
これらの問題は、いずれも、リリース前のテストで、複数の店舗を想定したデータを用意し、実際に確認することで、多くは発見・防止できます。逆に、1つの店舗のデータだけでテストを終えてしまうと、こうした問題は、実際に複数の店舗が使い始めるまで、発覚しないことがあります。
マルチテナント化の設計を、開発会社に確認してもらう際のチェック項目
開発会社に、マルチテナント化の設計・実装を依頼する場合、次のような質問をしてみることで、その開発会社が、マルチテナント化について、どれだけ理解し、対策を組み込んでいるかを、確認できます。
- 「他の店舗のデータが混ざって表示されないことを、どうやって保証していますか」
- 「複数の店舗のデータを使った、テストは行いますか」
- 「URLを操作して、他の店舗のデータにアクセスできないことを、確認していますか」
- 「新機能を追加するたびに、テナント分離の確認は継続的に行いますか」
- 「設定情報についても、テナントごとに独立して保存される設計になっていますか」
これらの質問に、具体的に答えられる開発会社であれば、マルチテナント化について、しっかりとした対策を講じている可能性が高いと考えられます。逆に、質問への回答が曖昧な場合は、その開発会社が、マルチテナント化の重要性を、十分に理解していない可能性があるため、注意が必要です。
回答の質を見極めるコツとしては、「絶対に安全です」といった抽象的な回答だけで終わるのではなく、「テナントIDによる絞り込みを、データベースへの問い合わせの共通処理として組み込んでいる」「複数テナントを想定したテストケースを用意している」といった、具体的な仕組みや手順が説明されるかどうかに注目するとよいでしょう。具体的な説明ができるということは、その開発会社が実際にこの種の設計・実装を経験していることの1つの目安になります。
マルチテナント化のコストは、事業計画にどう影響するか
マルチテナント化には、単一店舗向けのツールを作るよりも、多くの場合、追加の開発費用がかかります。この追加費用を、他店への展開によって得られる収益(利用料など)で、どれくらいの期間で回収できるかを、事前に見積もっておくことをおすすめします。
自己資金だけで進める場合、この追加費用が、当初の資金計画に、どれだけの影響を与えるかも、あわせて検討しておく必要があります。予算を開発と集客、どちらにどれくらい配分すべきかについては、別記事でも詳しく解説しています。
コスト回収の見通しを立てる際には、次のような要素を、あわせて整理しておくと検討がしやすくなります。
- 1店舗あたり、月額でどの程度の利用料を想定しているか
- マルチテナント化の追加開発費用を回収するために、最低何店舗の契約が必要になるか
- 店舗数が増えた場合の、サーバー費用や保守対応の増加分を、利用料に含められているか
- 展開のスピード(1年でどれくらいの店舗数を見込むか)は、現実的な見積もりになっているか
こうした整理を、開発を依頼する前の段階で、ある程度でも行っておくことで、「マルチテナント化に投資する価値があるか」を、感覚だけでなく、数字に基づいて判断しやすくなります。展開できる店舗数の見込みが小さいうちは、無理にマルチテナント化を急がず、まず数店舗との個別の契約や、簡易な運用でニーズを検証してから、本格的なマルチテナント化に投資するという順序も、リスクを抑えるうえで有効な考え方です。
よくある失敗パターンと、その回避策
マルチテナント化を検討する個人・複業の事業者が陥りやすい失敗パターンを、いくつか整理しておきます。
失敗パターン1:最初から完璧なマルチテナント設計を目指してしまう
「将来的に100店舗に展開するかもしれない」という想定のもとで、最初から大規模な展開に対応できる、完璧な設計を目指してしまうケースです。実際にはまだ2〜3店舗しか使っていない段階で、過剰に複雑な設計にしてしまうと、開発費用がかさむだけでなく、開発期間も長期化し、そもそもの事業検証が遅れてしまいます。まずは数店舗規模での運用に耐えられる、シンプルなマルチテナント設計から始め、実際に展開が進んでから、必要に応じて設計を見直すという、段階的なアプローチのほうが、個人・複業の規模には適していることが多いです。
失敗パターン2:テナント分離のテストを、開発会社に任せきりにしてしまう
マルチテナント化の実装自体は開発会社に依頼しても、「本当にデータが分離されているか」の最終確認は、依頼主自身も関わっておくべき工程です。開発会社から「テストは完了しました」という報告だけを受け取り、自分では一度も複数店舗のデータで確認しないまま、本番展開に進んでしまうと、開発会社側のテストで想定していなかったパターンの問題が、後から見つかることがあります。可能であれば、実際に2〜3店舗分のテストデータを自分で用意し、依頼主の立場からも一度、他店のデータが見えないことを確認する工程を、開発会社と一緒に行うことをおすすめします。
失敗パターン3:既存の単一店舗向けツールに、後付けでマルチテナント化を継ぎ足そうとする
すでに動いている単一店舗向けのツールに、後から「テナントの概念」を継ぎ足そうとすると、既存のすべての機能を1つずつ見直し、絞り込み処理を追加していく、地味で手間のかかる作業が必要になります。機能の数が多いツールほど、この見直し作業の範囲が広がり、当初の想定より工数が膨らみやすい領域です。最初からマルチテナント化を想定して作られたツールに比べて、後付けの場合は、見落としのリスクも高くなる傾向があるため、依頼する開発会社には、既存のどの機能に、どのような見直しが必要になるかを、事前に洗い出してもらうよう依頼するとよいでしょう。
Q&A:マルチテナント化についてよくある疑問
Q1. 数店舗程度の展開なら、マルチテナント化は不要ですか?
展開する店舗数が2〜3店舗程度で、かつ、それぞれの店舗のデータを厳密に分離する必要性が低い(例えば、身内や信頼できる知人の店舗だけで使う)場合、簡易的な方法で当面をやり過ごすという選択肢も、現実的にはあります。ただし、「顧客の個人情報を扱う」「決済情報を扱う」といった要素が含まれる場合は、店舗数が少なくても、データの分離をしっかり実装しておくべきです。展開店舗数が少ないうちに簡易対応で進めた場合でも、店舗数が増える見通しが立った時点で、本格的なマルチテナント化への切り替えを検討する必要が出てきます。
Q2. マルチテナント化は、後からでも追加できますか?
技術的には、後からマルチテナント化を追加することは可能ですが、前述の「よくある失敗パターン3」で触れたとおり、既存の機能をすべて見直す必要があるため、最初から想定して作る場合に比べて、手間とコストがかかりやすくなります。他店への展開を将来的に少しでも検討している場合は、最初の設計段階で、開発会社に「将来、複数店舗展開する可能性がある」と伝えておくことで、後からの追加がしやすい構造にしておいてもらえる可能性があります。
Q3. マルチテナント化と、単に「アカウントを複数作る」ことの違いは何ですか?
単純に「ログインアカウントを店舗ごとに複数用意する」ことと、「マルチテナント化」は、似ているようで異なります。アカウントを複数用意しただけでは、ログインする人が別々になるだけで、システムの内部でデータがどのように区別され、絞り込まれているかという設計が伴っていなければ、この記事で紹介したような、データ混在の問題が発生する可能性が残ります。マルチテナント化とは、アカウントの分離だけでなく、その裏側にあるデータの分離の仕組みまで含めて設計することを指す、という点を理解しておくと、開発会社との会話でも誤解が少なくなります。
マルチテナント化を見据えた、段階的な進め方の具体例
ここまでの内容を踏まえて、実際に個人・複業でツールを他店展開していく場合の、現実的な進め方の例を紹介します。
ステップ1:まずは自店だけで運用し、他店からの需要を確かめる
最初の段階では、マルチテナント化を意識しすぎず、自店で使えるツールとして、まず十分に機能させることを優先します。この段階で、知人の店主や、同業者から「うちでも使いたい」という声が実際にあるかどうかを確かめます。需要が実際にあることを確認してから、次のステップに進むことで、開発費用を投じる前に、事業として成立する見込みがあるかを検証できます。
ステップ2:数店舗規模の、簡易的な複数店舗対応から始める
需要が確認できたら、まずは2〜3店舗程度の、限定的な範囲でツールを提供してみます。この段階では、本格的なマルチテナント化まではせず、店舗ごとにデータを明確に区別する、最低限の仕組みだけを、専門家に依頼して実装してもらう、という進め方も選択肢になります。個人情報や決済情報を扱う場合は、この段階でも、データ分離の実装自体は妥協せず、専門家にしっかり依頼することが重要です。
ステップ3:展開の見通しが立ったら、本格的なマルチテナント化に投資する
数店舗での運用を経て、さらに多くの店舗への展開が見込めることが分かった段階で、本格的なマルチテナント化への投資を検討します。この段階では、方法1(1つのシステムの中でデータを分ける方式)を採用し、将来的に数十店舗、数百店舗規模になっても、運用の手間が急激に増えない設計にしておくことが、長期的なコストを抑えるうえで重要になります。
このように、最初から完璧なマルチテナント設計を目指すのではなく、需要の検証状況に応じて、段階的に投資規模を引き上げていくアプローチのほうが、個人・複業という限られたリソースの中では、リスクを抑えながら展開を進めやすいといえます。
開発会社選びで、マルチテナント化の実績を見るポイント
マルチテナント化の実装を依頼する開発会社を選ぶ際には、その会社が過去に、実際に複数テナント向けのシステムを開発した実績があるかどうかを、確認しておくとよいでしょう。SaaS型のサービスを自社で運営していたり、他社のSaaS開発を受託した経験がある会社であれば、テナント分離の設計・実装・テストについて、一定のノウハウを持っている可能性が高くなります。
実績を確認する際は、単に「マルチテナント対応の実績はありますか」と聞くだけでなく、「その実装で、テナント間のデータ分離を、具体的にどのような方法で確認しましたか」という、一段深い質問をしてみることをおすすめします。この質問に対して、具体的な手順(自動テストの整備、複数テナントを想定した検証環境の用意など)を説明できる会社であれば、実際にマルチテナント化の難しさを理解し、対策を講じてきた経験がある、と判断する材料になります。
まとめ
マルチテナント化は、複数店舗で使えるツールを作るうえで避けて通れない、重要な技術的テーマです。「テナント」という単位の考え方、データ分離の重要性、2つの実現方法という基本を理解しておくことで、非エンジニアであっても、開発会社との会話や意思決定に、主体的に関わることができるようになります。特に、データ分離の実装は専門性が高く、失敗した場合のリスクも大きい領域であるため、この部分については、専門家に依頼し、かつ、依頼した後もテナント分離のテストが行われているかを、自分自身でも確認する姿勢を持つことが大切です。展開の規模に応じて、段階的にマルチテナント化への投資を引き上げていくアプローチを取ることで、個人・複業という限られたリソースの中でも、リスクを抑えながら、複数店舗への展開を進めていくことができます。
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